本作は、「音の記憶」あるいは「音の残像」を、物質として、面として、紙に定着させようとする平面作品である。

まず、ある音のソノグラフをもとにした金色のかたちが、和紙の上に描かれる。それは精密な輪郭ではなく、揺らぎを持った面として立ち上がる音の印象である。その上に一枚のトレーシングペーパーが被せられることで、金色の気配は半透明の膜の奥へと後退し、記憶の層となる。さらにその上に、同じ音のかたちを、今度は墨で重ねる。

だが、その墨は筆ではなく、くしゃくしゃに丸めた和紙を使って「面」として押し当てられる。

それは描線ではなく、押しつけられた気配であり、滲みと濃淡の偶然性によって成立する像である。視覚的には、形は曖昧で、境界は揺らぎ、重ねられた透明層の中に何かが確かに“存在している”が、はっきりとは見えない。その不確かさこそが、音という時間的現象を、視覚の中で生かすための構造である。

この作品は、見えないが、感じられる存在のための余白であり、言葉になる前の声、線になる前の衝動、そして記録されなかった感情の気配を、面としてすくい上げたものである。